川遊び体験

川遊び体験
鮎、うなぎ、エビ、カニ漁等の川遊びを中心とした漁体験
鮎釣天然うなぎエビもずくガニ

山遊び体験

山遊び体験
山菜、たけのこ、マツタケ、みかん等の山遊びを中心とした収穫体験や真妻山トレッキング等、季節により様々な体験ができます。
山菜・マツタケみかん登山・トレッキング

海遊び体験

海遊び体験
釣り船にて海釣り体験ができます。(別途船賃がかかります。詳しくはお電話もしくはお問い合わせお願いいたします)
イサギシマアジイカ

古民家体験

古民家体験
かまどでご飯を炊き、薪でお風呂を沸かし、贅沢な古民家体験ができます。
かまどご飯五右衛門風呂

宿泊料金

1泊の料金(食事:4食付き)
大人1人 10,000円
小人1人
(小学生まで)
6,000円
幼児1人
(小学生未満)
無料

お知らせ

印南町ってこんなところ

鰹節発祥の地

「かつお」が最初に文献に登場するのが、大宝律令(701年)ですので、相当な昔から食されていたものと思われます。 印南町でも古くから黒潮に乗って太平洋を北上するかつおの群をねらって、かつお漁が行われていました。昔は今と違い手こぎの船のみであり、輸送に長時間を要したため独自の保存法が用いられました。そうして生み出されたのが、日本料理に欠かせない「かつお節」です。しかし、当初のかつお節(干し鰹)は現在のものとは異なり、硬くて味も香りも今ほど良い物ではなく日持ちもしなかったそうです。
いまに通じるかつお節が出回り出したのは江戸時代中期。その製法を考案したのが印南の漁民である「角屋甚太郎」と伝わっています。
甚太郎は、1600年代半ば、船団を仕立て、土佐に出漁した印南漁民のリーダーとされ、足摺岬に絶好の漁場を発見し、1年のうちの10ヶ月間を足摺岬で過ごすようになりました。そこで甚太郎が試みたのが「燻乾法(くんかんほう)」だったといいます。煮て乾かすだけだった加工法に、まきを燃やして煙でいぶす工程を加えたのです。その後、2代目甚太郎が父の志を継ぎ、仲間とともに試行錯誤して、かつお節の画期的な製造法を考案しました。火力でかつおを乾燥し、青かびを付けて日光乾燥を繰り返す「燻乾かび付け法」です。これにより、松の香りにも似たかつお節特有の風味を生み出すことに成功しました。これらのかつお節は「改良土佐節」と呼ばれました。甚太郎は「土佐節の祖」とたたえられ、印南漁民によるかつお漁とかつお節製造は、繁栄を極めたといいます。
しかし、約100年後におきた天明の大飢饉によって、印南漁民は引き揚げを余儀なくされ、かつおの通い漁も終わってしまいました。
現在、印南町でかつお節の製造は行われていませんが、日本の味のベースとなっているかつお節の製造法は、平成の世となった今も、昔と大きく変わることなく現在に伝えられています。印南の漁民が考え出したかつお節の味が、何世紀にもわたって広く愛されてきたことを思うと感慨深く、新しい可能性を見出し、果敢に挑戦していく先人たちの気概を誇りに思わずにはいられません。

印南町HPより抜粋)

真妻わさび

わさびの産地はどこかと尋ねたら、静岡、長野県あたりを連想する方が多いと思います。ところが、静岡で主に生産され、高級品として人気が高い「真妻わさび」は実は印南町が発祥地なのです。
わさび栽培は日本では350年前(江戸時代)から静岡で始まったといわれています。印南町真妻(川又)のわさびは、明治21年(1888年)以前から栽培が始まっていたという説など諸説あります。
最盛期には真妻全体で1haの栽培面積があり、全国でも6~7番目でしたが、昭和28年7月(1953年)の台風による水害で壊滅的な被害に遭い、さらに、水量の減少など生育環境の変化などから生産者も減少して、現在では0.1ha程度となってしまいました。このため、真妻わさび発祥地を守るため「真妻わさび振興協議会」を立ち上げ、真妻ブランドを生かす活動を始めています。
また、静岡で真妻わさびの栽培が始まったきっかけは、昭和35年頃に静岡でわさび栽培を行っている人が真妻わさびの見学に来られ、真妻わさびを見て品質が大変優れているのに驚き、印南町で苗を買い求めていったことから始まったといわれています。

印南町HPより抜粋)